真白な
飛行機雲の隙間から
朝日が輝く
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真白な飛行機雲の隙間から朝日が輝く


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 突抜けるような雲一つない青空を一機の軍用機が耳を劈くような轟音と共に空を駆抜ける。何処までも続く金網と鉄条網。刺すように太陽が照りつけて汗が止めどなく流れ出す。そんな暑すぎる真夏のある日俺は米軍基地のフープで3on3をしている兵隊達を金網越しにぼんやりと眺めていた。あの時の俺が余程間の抜けた顔だったのか軍服姿の黒人の兵隊がバスケットボールを弄ぶようにボールハンドリングしながら俺の方へ近付いて来た。「そんな所で見てないでこっち来いよ。おまえも一緒にやろうぜ!」その兵士が軽薄に笑いながらからかうようにふざけた態度で話掛けて来た。「こんな低い金網でも俺には越えることは出来ねぇ…。偶偶産まれた国が昔戦争で負けただけなのにな。」無表情で答える俺を一瞬訝し気に見て兵隊は臆する事なく話題を変えた。「何で見てたんだ?好きなのか?バスケット。」真直ぐに俺の目を見ながら聞いてきた。「別に…楽しそうだなって思って見てただけだ。」俺は面倒臭くて適当に答えた。「楽しくなんかないさ他にする事がねぇんだよ。体を鍛える以外何もな…。」吐き捨てるように言って笑う兵隊を俺は無表情のまま見ていた。「何の為に体を鍛えてるんだ?戦争もない平和な日本のこんな田舎町でさ。」俺がそう皮肉るとその兵隊が静かに笑う。「お前が思ってる程この国も平和じゃないんだぜ。」意味深にそう言うと真剣な表情で真直ぐに俺の目を見る。「お前はまだ知らないだけでこの街も裏側は危ないんだぜ。見たくないか?」唇の端でにやりと笑いバスケットボールを上に投げた。「第二ゲートの前で待ってろよ。何処の国で産まれたって越えられない金網なんかないぜ。」弧を描いて金網を越えたボールを俺は両手で確り受止めた。  基地の回りを取囲む金網に沿って歩き第二ゲートに着くとあの兵隊が入口に常駐している兵士と楽し気に笑い合って話していた。「遅かったな。待ってたぜ。」俺に気付いて近くまで来て右手を差出した。「もう俺達の間に忌忌しい金網はない。簡単だろ?兄弟!」俺がその手を握り握手すると兵隊は無邪気に笑いながら俺の肩を叩き、話をしていた兵士に紹介した。「俺の兄弟だ。いつでも入れるように他の奴等にも言っとけニック。いいな?」敬礼しておどけて笑い基地へ入る。俺も敬礼してみると兵士は爽やかに笑い返礼した。歩いていた兵隊が不意に振返る。「俺はエリックエリック・テイラー見ての通り軍人だ。おまえの番だぜ兄弟。」エリックは両手で俺を指差して笑った。俺は少し考えてから名乗った。「大浦夏。」「ナツか、若く見えるけど年は?」エリックは踊っているみたいに見える特徴のある歩き方でリズミカルに歩く。「14、14歳だ。」くるくる指先でボールを回しながら平然と答えた俺をエリックは驚いて見た。「14歳だって?14にしてはちゃんとした英語を話すな?本国に住んでいたことが在るのか?」エリックは俺の答えを推量って期待して聞耳を立てる。「まさか、俺は産まれてから今までずっとこの街しか知らないし、英語位今時小学生だって話すぜ。」俺は適当な答えではぐらかした。エリックは基地の中を案内しながら恐らく米軍にとって最重要機密だとしか思えないような内部事情を殊更面白可笑しく脚色して俺に話した。「基地に入ったのは初めてか?ナツ。」煙草を口の端に銜えて深々と煙を吸込みながら眩しそうに空を見上げてエリックが微笑む。「あぁ、お祭りの時しか入った事ないな…だからこんなに中の色んな所入ったのは初めてだ。」今正に飛立とうとしてる巨大な軍用機を眺めながら俺は無表情でつっけんどんに答えた。「越えられなかった金網を飛び越え知らなかった基地の中を実際に目で見て、どうだ、ナツ?何もないだろう?ふっ…。基地に在るのは人殺しの道具と運動場だけだ…何故俺達が3on3なんかやってたかわかっただろ?何の為に金網で仕切って此処だけ合衆国にする必要があるのか俺にはさっぱりわからないけどな。」エリックは煙を吐出して笑う。それを俺は横目で見ていた。「俺は、基地の在る街って好きだけどな…。」いつの間にか太陽が西に傾いている。飛行機が大空に羽撃く羽音が空気を小刻みに震撼させて耳鳴のように直接脳に響渡る。鋼鉄製の飛行機が空を駆巡るように遠ざかっていくに随って耳障りな音波も次第にフェードアウトしていった。「そう言ってくれると救われるよ。」エリックが静かに笑う。「基地じゃないんだろ?この街の裏側って。」金髪の少し長い髪を掻上げながら真赤に染まった太陽を遠くに見据えて不躾に俺は問糺した。「あぁ。俺は今夜街に出る。付き合えるか?」夕日に照らされて真赤な光に包まれた俺は黙ったまま只静かに頷いた。「駅前に10時に来いよ。じゃあな、ナツ。」俺とエリックは固い握手を交わして別れた。あんなに溢れ出すように滾々と掻いていた汗は夕暮の生暖かい風に吹かれて悉く乾ききって,心も体も枯渇していた。
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 すっかり夜の闇に包まれて昼間とは違った表情を見せる駅前で俺はエリックを待っていた。酔払って足元も覚束無い会社員の中年男性の集団、塾が終わって帰る途中に少し寄道して友達同士で夢中で話込む制服姿の中学生の女の子達。大きいサイズの服を不体裁に着崩して竦み上がる歩行者を尻目に空嘯いてスケートボードの技に磨きをかけるのに忙しい高校生位の歳の野郎共。街を行交う人々に広告を撒散らして甘美い遊惰が地獄へと転落させる誘因の罠だって事に気付かずに浅はかに悪風の片棒を担ぐキャッチの女達。昼間の猛暑の最中過酷な軍事訓練に耐えた強靭な肉体の労を労う為に次々と夜の街へと消えて行くまだまだ体力は有余る基地の外国人兵士達。たった数時間時が経過しただけなのに街は全く変わって見える。市街地は夜になると行き来する人間だけじゃなく景色まで変わって見える。昨日の夜とも明日の夜とも違う今日の今夜だけの今その瞬間瞬間に移変る街の風景を放心状態で眺めていると不思議と退屈しなかった。俺はエリックの事が頭から離れず考えていた。思慮深く昼間の事を思い返してみる。俺は名前しか本人の口からは聞いていない。外見で明確に判断出来る事以外は総てが謎に包まれた藪の中だ。年齢は?家族は?結婚してるのか?趣味、特技、性格は?まるで想像つかないしまるで出鱈目な想像もつく。当然だ、知らないんだからな。わかる事から整理しよう基地の軍に所属してるんだから国籍はアメリカ合衆国、英語の訛から見てカリフォルニア州、まぁロサンゼルスって所だな。肌の色から見ると大分黒人の血が残ってるけど何代も前に移住した生粋に近いアメリカンだろう。顔立ちも整ってて頭もキレそうだったから育ちが良い、良家の出かも知れないな。血液型は逆に性格から見て九分九厘A型だ。間違いないな。今日基地の中を案内していた時の様子だと軍人としての階級は結構な高さに見えた。欠点らしい欠点はなさそうだった。性格が拗け曲る要素は見つからない。そんな男が何故俺みたいな餓鬼を?俺の秘密を知ってた?からかわれてるのか?何か裏が在るのか?俺は今手の内に存在るだけの情報を最大限酷使して徹底的に分析、考察したけれど釈明出来なかった。絶対的な資料不足で明らかな情報が無かった。「幾ら考えたって、仕様がないさ…。はっははっ。」ロータリーのガードレールに座ったまま頭を左右に何度も振る。髪を両手で掻上げながら顔を上げた。自分自身に言聞かせるように呟いてるのが馬鹿らしくなって俺は一人で明透に笑った。その時その場に居た沢山の人々が一人で大笑いする俺を遠巻きに怪訝な顔で見ていた。俺は一人一人と目が合う度に不敵な顔で明透に笑い掛ける。慌てて目を逸らしたり引攣った作り笑いで笑い返してみたり真顔で見てたり怒って睨み付けたり各々が雑多な反応をしてくれて飽きる事がなかった。本気で怒っている高校生を満面の笑みでにっこり見詰て玩弄のように愚弄して遊んでいた時。「ナーツッ!!」不慮に大きい叫び声に吃驚して振返るとロータリーの彼方にエリックの姿が見て取れた。途端にさっきの高校生が脱兎の如く逃出した。呆気に取られる俺を尻目に高校生は全力疾走で瞬く間に見えなくなった。余にも憐れで俺は苦々しく苦笑した。「おまたせ、ナツ。待ったか?」背後からエリックの声が聞こえて俺はすぐ表情を殺して無表情で振返る。「別に。さっき来たばっかだ。」俺はエリックと握手する。良く見ると無邪気にニヤニヤ笑うエリックの後で二人の女が出抜けに俺の容姿や服装とかの外観を審査するようにふしだらに笑いながら明ら様にじろじろと俺の顔や身体を舐め回すように眺めていた。無表情で冷やかな視線で見る俺と目が合っても少しも気にする様子もなく目を輝かせて臆面なく笑い掛けてきて二人で耳打ちしては俺を好き勝手に批評している。「何だよ?こいつ等。ジロジロ他人の事見やがってよ。何なんだよ?エリック。」俺は流暢な英語でエリックを問詰めた。「オーウ、紹介が遅れました。髪の毛が長いのがユウカ。短い方がリエです。」エリックが大袈裟に忘れてたとゆうように頭を左右に振ってから片言の日本語で二人の女を紹介する。「何それぇ?そんな紹介の仕方があるぅ?私とユウカの事髪が長いか短いかそれだけで見分けてたんじゃないでしょうね?エ、リ、ッ、ク?」銀色のメッシュの入ったショートボブの髪を花の飾りが付いたピンで止めて真黒に日焼けしたおでこを出している気の強そうな感じの上原理恵が腕組みしてエリックに詰寄る。「そんな事ないです。ナツにわかり易いです。その方が。」そう言って誤魔化すエリックとリエの間に俺は割って入った。「おい、エリック!何なんだよ?その片言の日本語は。ふざけてんのかよ?」「ふざけてる訳じゃないさ。この女達は英語なんか出来ないからだよ。ナツも今夜は日本語で話すんだ。」エリックがにやっと笑ってウィンクする。
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 「もぉう、二人だけで何を話してんの?」リエと同じように真黒に焼けた肌に下着みたいなキャミソールを着て背中まである長い金髪を掻き上げながら、土屋優香が俺の顔を覗き込む。「ナツは日本語喋れないの?おーいナツ君、日本語わぁかぁるぅ?」ユウカのマイペースな感じが可笑しくて俺は馬鹿にするように笑った。「喋れるに決まってんじゃねぇかよ。お前等より全然ちゃんとした日本語をな。見りゃわかんだろ俺が何人に見えんだよ?何処からどう見ても日本人にしか見えねぇだろ。お前等は黒すぎて土人みてぇだけど。何処の部族なんだよ?手前等?」虐げて嘲るように俺は悪態をついてリエとユウカをからかう。そしてすぐに不敵で挑発的、それなのに何故か憎めなくて愛くるしい惹きつけられるような不思議な魅力を持つあどけない顔立ちで涼し気に笑った。「怒った?ユウカと…確か…リエだったっけ?二人共可愛いとかスタイルが良いとか言われ馴れてそうだから貶してみた。悪戯心に火が点いた。可愛い女って苛めたくなんだよ捻くれてんから。さっきどうせ俺の第一次審査しながら勝手な事言ってたんだろ?そのお返しなのになんで怒んねぇんだよ畜生!何笑ってんだよ!チッ!ジャングルのどっかのまだ発見されてねぇ自分達の村に帰れよ。新種族がいたことは学者さんとかには内緒にしといてやるから。」明け透けに笑っていた俺はリエとユウカが怒り出さなかった事に舌打して投槍に言捨てた。「何土人って?もしかして鼻輪したり首にわっかつけて首伸ばしたりして喜んでる人達?超ウケル。山姥ギャルより失礼だよね?ユウカ。流行らせちゃう?」大きな声でそう言って笑いこけるリエとユウカを周りの人々は振返り煙たそうに見るけれど係わり合いたくなさそうに無関心を装って視線を落として伏目がちに俺達の横を足早に通り過ぎて行く。「俺はナツ。よろしくなリエ、ユウカ。俺は一次審査合格?」爽やかな笑みを浮べて俺は右手を差し出す。「どうする?ユウカ。見た目は全然OKだけど…性格?可愛くないよね?ナツ君。私はかっこいい男なら性格なんかどうでもいいんだけど…。」「私もOKだよ?って何の第一次審査よ?ヨロシク!ナツ君。」勿体ぶっておどけるリエとユウカと俺は握手をした。ニヤニヤと真白な歯を覗かせて無邪気に笑ってその遣り取りを見ていたエリックが俺の肩に手を回してもう片方の掌で俺の胸元をぽんぽん叩いて笑う。「これが日本に古くから伝わる『お見合い』ですか?面白い事だって知らなかったです。さぁ行くですか?そろそろ。」「何だよ!知らなかったのかよ?エリック。面白いから何回もする奴とかいんだぜお見合いって。エリックもお見合いしたかったらもう少し日本語勉強した方が良いぜ。その変な片言の日本語じゃ見合い相手に折角の冗談が伝わらないからな。日本独特の伝統的な大衆娯楽だからな見合いは。後他にも切腹って言う遊びがまた笑えるから今度やるか?」ポケットに両手を突っ込んで俺はけらけらと明け透けに高笑いして街の方へと歩き出した。「ねぇねぇ、ナツ君って歳幾つ?あっ、ちょっと待って当てるから…。18歳!当たり?当たったっしょ?」ユウカが俺を上目使いで見て笑う。「ふっざけんなよユウカ。俺そんな老けて見えるの?マジかよ?すげぇショック…まだ俺14なんだけど…嘘だろ?あり得ないよな?リエ。」俺は不満気に唇を尖らせてリエの方を見て失笑する。「14?嘘でしょ?信じらんなーい。ウチらよりも絶対上だと思ってたよね?リエ。」ユウカが驚いた顔で改めて俺を上から下まで眺めた。「14歳って事は中3…中2?一昨年までランドセルだった訳?完全にお子ちゃまじゃーん。マジ!?」リエは俺の顔を間近で見詰て首を傾げる。「マジだって…免許証でも見るか?って何の免許も取れねぇじゃん14歳だから。くっくっく。1985年4月12日生まれの牡羊座のO型。中学2年生の正真正銘14歳だよ。本人が言ってんだから間違いねぇっての。お子ちゃまで悪かったな!お、ば、さ、ん。」俺がリエの目の前に人差指を真直ぐに突出して指差しながら言って意地の悪い顔で不適にせせら笑う。リエがその指を手で払い除ける。「おばさん!?超ムカつくぅ!このクソガキ…。」「ムキになんなよ、クソガキ相手によ。もしかして気にしてた?悪気は在ったんだけどよ、なんせお子ちゃまだから正直に見たままを言っちまってよ。痛いとこ突いちゃったか?リエ。ははっはっははは。」わざとらしく嘲笑う俺をユウカが宥める。「もういいっしょ?ナツ…リエが悪気が在ってナツの事お子ちゃまって言ったんじゃないのわかってるでしょ?そんなにリエの事苛めなくていいじゃん。それよりナツとエリックはどういう関係?」ユウカがマイペースに話題を突然変えた。「誰にも言うなよ?実は…俺はエリックの隠し子なんだ…ねっ?父さん。」俺が声を顰めてユウカとリエに耳打してエリックにウィンクするとエリックは辺りをきょろきょろ見回してから真顔で頷いた。「はぁ〜…。わかったわかった。」リエとユウカは顔を見合せて呆れている。「サムイよ。つまんない嘘言ってないでお姉さんに本当の事言ってみ。ナツぅ?」リエが怒っているのがわかる作り笑いを浮かべて俺の頬をぴしゃぴしゃと掌で叩く。「友達ですよ。と、も、だ、ち。何故軍人と中学生友達いけないですか?ナツとエリック仲良しだとおかしいなんですか?」エリックがオーバーアクションで必死に不思議がってみせる。「違うよエリック。リエは俺達が友達って事に怒ってんじゃねぇんだよ。何焦ってんだよ?只でさえわかんねぇエリック式日本語が更に目茶苦茶になってるぜ。超笑えるよな?ユウカ。傍から見てるとわざとリエの事馬鹿にしてるみてぇだよな?くくっ、くっくっ…ははは。」俺はユウカを味方に引き摺り込むように同意を求めて二人で明け透けに笑い合いリエを冷やかす。リエは苦々しい顔で不貞腐れる。「何よ!あんたまで一緒になって笑うことないじゃんユウカ。」「妬いてんのかよ?リエ。俺とユウカの事。ユウカの事取られたからか?俺を取られたからか?どっちに嫉妬してんだよ?リエ。」俺はユウカの事を抱き寄せ肩に腕を回してふてぶてしく笑う。何気ないその行動にユウカは顔を赤らめてはにかんでいる。「馬鹿じゃないの?ったく最近の中坊ときたら…小生意気な奴多過ぎ。ナツ、あんたその年でエリックみたいな基地の外人達と遊んでんから老けて見えんのよ。ってゆうか餓鬼に肩抱かれて良い気持ちになってんなっつうの!ったくユウカは…。」リエが呆れたようにユウカの腕を引張る。「別に良いじゃん?何熱くなってんの?男は格好良ければ性格なんてどうでもいい?っていつも言ってんじゃん?ん?やっぱリエ妬いてるんだ?」そう言ってユウカが俺の頬に軽く唇を押付けてキスをした。エリックは面白がっているようにニヤニヤ笑って黙ったままその様子を見守っている。リエが呆れ果てたように吐き捨てる。「おいおい…中学生にキスすんなよ。ユウカ…あんた何考えてんのよ…。」
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 今日の昼間俺と初めて会った時のエリックは訓練の途中だったのか米軍の軍服を着ていた。今俺達を導きながら踊るような歩き方で前を歩いてるエリックは大きめのTシャツに膝丈のハーフパンツ。ハイテク系のごついスニーカーをはいてB−BOY系の服装をしている。只でさえわからない年齢が更に輪を掛けてわからなくなる。20歳位にも見えるし30歳過ぎにも見える。俺はまだ知らないエリックの真実の年。本当の顔。リエとユウカは知っているのだろうか?物事の裏側に潜む真実に気づいているのか?俺がリエとユウカと他愛もない会話をしながら頭の中で考えている内に一軒のクラブに着いた。エリックはそのクラブに顔が効くらしく俺達4人は入場料を払わずにクラブに入っていく。そのクラブの中は噎せ返るような煙草とお香の煙が部屋中に立ち込めていて妙な熱気を帯びていた。天井まで届きそうな馬鹿でかいスピーカーから硝子が割れそうな位馬鹿でかい音量でHIP−HOPが止めど無く流れ出してくる。ダンスフロアを照らす照明は薄暗くてどんな奴等がそこで踊っているのか良く見えない位だった。「ナツ!何飲む?ビール?それか甘いカクテル系かなんかの方がいい?」俺の耳元でリエが大声で怒鳴っているけどレコードの音が大きすぎて何を言ってるのかさっぱりわからず俺は首を傾げて両手を上に向けて広げた。リエは呆れ顔で溜息を吐いてから俺の手を引張ってトイレの方へと歩いて行く。そして俺をトイレの個室に押込むと改めて大声で叫んだ。「何飲むのよ?ナツ。ビールでいいの?」俺の唇に微かに触れる位まで髪を掻き上げながら自分の耳を近付けてリエは答えを待っている。トイレの中は大声で話せば何とか聞取ることが出来る状態だった。「酒なんか飲めねぇよ。酒が入ってなきゃなんだっていいよドリンクなんか。」俺は面倒臭くて適当に答えた。「またぁ、かわい子ぶってんじゃないわよ。きゃはは。」リエは喉を鳴らして外国の銘柄のビールをごくごくと飲み平手で何度も俺を引っ叩いて笑っている。「ぶってんじゃなくて飲めねぇんだよ!酒が全然。酒臭ぇんだよ、この酔っ払い女!」そう俺が罵ってもリエは次々と空の缶をトイレの床に落とす。「酒も飲めないガキんちょが生意気言ってんじゃないわよ。ナツも可愛い所あんじゃん。ほらお姉様に任せてみ。」そう言うとリエは俺の首に両手を掛けて引寄せ俺の唇に柔らかな唇を重ねてきた。俺が抵抗しないでリエに身を委ねた途端突然舌を痺れさせる刺激が走る。苦い液が俺の頬一杯に流れ込んでくる。不意に口の中を満たす液体を無理矢理飲まされながらリエの舌が唇の隙間から滑り込んできて俺の舌に絡み付く。俺から唇を離してぺろりと唇を舌で舐めながら上目使いで俺を見てリエが満足気に微笑む。「ほら飲めるじゃん?どうって事ないでしょこんなの。きゃはははは。はい、これナツの分のビールだよ。はぁい乾杯!!」真赤な顔のリエがビールを渡そうとしてよろけて俺の胸に抱きつき急に缶を振りビールの飛沫を撒き散らして照れて笑った。リエが不意討ちのディープキスをする為のきっかけに使っただけのリエの唾液と混じり合った生温いハイネケン。クラブのトイレで知合ってから何十分も経ってないリエの口移しで生まれて初めての酒を俺は口にした。
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 昼間エリックが言ってた『この街の裏側。』俺の興味を惹きつけたこの言葉が隠し持つ危ない魅力。俺はその事ばかり何度も考えた。産まれた瞬間から現在までの14年間。大浦夏として俺が生れ育ったちっぽけなこの街。此処で14年の月日を過した俺がまだ知らないだけのこの街の裏側?確かにそう言った。普通なら気付きもしない嫌味でしかない俺の皮肉な質問に答える時エリックは嫌に真剣な顔で確かに言った。すぐに嫌味だってわかったらしく俺の興味を他へ逸らす事で嫌味を言われる原因の弁解や釈明をする事もなくかといって正当化する気もないように巧に嫌味を受流す時にエリックが言った。誤魔化す事だって出来た筈なのにエリックは真剣な目で俺を見ていた。何気なくエリックが見せた真剣な表情。エリックのあの真剣な表情を俺はあれから一度だって見ていない。ユウカやリエに見せる無邪気なエリックの笑顔は表の顔として造られた偽物のような気がして仕方がなかった。そう疑いたくなる程俺の頭の片隅に真直ぐで力強い真剣なあの目がずっと引っ掛っていた。『この街も裏側は危ないんだぜ。見たくないか?』そう言ったエリックのあの目が……。裏の表情になった時のエリックとこの街はどんな表情を俺に見せるのだろうか?そう考えていると俺の鼓動は次第に高鳴っていった…。  「ナツって何処中?そんな金髪で学校行ってんと教師とか超口喧しくない?あいつらってさマジ頼むから死んでくれって位ウザくない?ナツ地元でしょ?」顔を真赤にして完全に酔っているリエがフライドポテトを頬張りながら訳も無く笑った。ユウカが「お腹空いたぁ」と言うので俺達は一旦クラブを出て駅前のマクドナルドに来ていた。「一中だよ一中…喧嘩の前じゃねぇんだからよ…何処の中学かとか聞いてんなよ。馬鹿じゃねぇの?酔っ払い女がよ…。っつうか、あっ何々中なんだ?じゃあさ何とかって奴知ってる?私仲良いんだ。とか何とか言って共通の知人の話題でもしようとしたんだべ?基本だよな?下らねぇ…。」俺が面倒臭そうに答えた後に裏声で大袈裟に女の真似をしてリエを馬鹿にするのを見てユウカとエリックはくすくす笑っている。「でも同じ中学の然も同じクラスの奴?の名前出されたとしても知らねぇぜ俺。それに頭髪の事も別に煩く言われた事ねぇもん俺。今時髪の色変えてない中学生なんて居ねぇっつうの!それとも髪染めてんから髪型とか服とか自由な私立中学校かと思って聞いたの?アホだべ?リエって。」「なにぃ?超ムカつくぅ。アホとか言われた…只何気に聞いただけなのにってゆうかなんで同じクラスの子も知らないの?そっちの方がアホだよね?ユウカ。ナツちゃんと学校行ってんの?」リエが悔しそうにムキになって俺に聞く。「は?酔ってんから呂律が回ってなくて何言ってんのかわかんねぇんだよ。」俺は聞こえているのに耳の後に手を当ててわざとらしく惚けてリエをからかう。「学校ちゃんと行ってんのかって聞いたの!ムカつくぅ、ちゃんと聞こえてるくせに本当ナツって性格悪いよね?」リエが引き攣った笑顔で俺の頬を力一杯抓る。「痛ててて、ごめんなさい…マジ痛いって。洒落通じねぇんだからよ…学校?一番最近言ったのが去年?一年以上経ってんかな?学校行かなくなってから。だから2年になって俺自分が何処のクラスになったのかさえ知らねぇんだよ。だからリエが一中の誰かと知合いでも俺が一中の奴全然知らねぇからさ。共通の知人の話題で盛上がるっつう会話のキャッチボールの基本?っつうのが俺には通じねぇんだ悪ぃけど。くっくっく。何処中かなんて意味のねぇこと聞かれたの久々だよ。エリックって何処中?答えられてもアメリカの中学校なんか知らねぇけど俺。くっくっく…はっはっは。」俺は掌で頬を摩りながら不適な表情で散々リエの事を馬鹿にして少しも悪びれず明け透けに嘲笑った。「ナツ…。暢気に笑ってる場合かぁ?あんた中学からバックレる事憶えてどすんのよ?親泣くよ?ったくどうしようもねぇなぁ…。」リエは呆れて怒るのも忘れて説教臭い言い方でそう言って俺を見た。「なーに言ってんのよ?リエ。あんただって一学期なんて殆ど学校来なかったじゃん。ナツの事どうこう言う資格ないって。ナツぅリエもサボリの常習なんだよ?偉そうにお説教できる立場じゃないってマジで。」ユウカはシェイクに刺さっている赤と白と黄色のストライプのストローを指先で摘んで弄ぶように回転させながら悪戯っぽく笑って俺を見る。「一学期?」蓋とストローを外して紙のコップに直接口を付けて呷るようにコーラを飲んでいた俺は思わず手を止めて怪訝そうに眉を顰めて聞き返した。「何一学期って…?。キャバクラって一学期とか二学期とかあんの?何の学期だっつうの!あっ…。もしかしてリエとユウカって高校生とか…?嘘だろ?ふっざけんなよ!あり得ねぇ!最初見た時から今の今まで2人共お水か風俗?本職の20代とか思ってた…。マジでぇ?」俺が信じられないというように首を傾げながら驚いた表情で二人を見るのをエリックは楽しそうに笑って眺めている。「失礼だよねぇ…。さっきからこのクソガキは…癪に障る事を次から次へと…。私もユウカも何処からどう見てもぴっちぴちの16歳の女子高校生にしか見えないっつうの!」リエは立上ると腰に手を当ててセクシーに体をくねらせてお尻を揺らしながら俺にウィンクして投げキッスをしておどけた。エリックが指笛を鳴らしてふざけてポーズをとるリエを喝采する。周りの客達が煙たそうにちらちらと俺達のテーブル席の方を見遣って蔑むように一瞥している。俺はそんな刺すような視線に気付いているのに全く物怖じせず不敵に笑ってリエを野次る。「そのやらしい身体が高校生には見えねぇんだよ!なんかエッチぃし。」「やらしい?ったくこのクソガキは…。セクシーってゆうのよぉこうゆうのは。」ふてぶてしく微笑みながら真直ぐに目を見ている俺の挑戦的な態度が余程癪に障ったらしく、リエが俺の額を指先で思い切り弾いた。「いってぇ…何すんだこの酔払い女!マジ痛えよ畜生…。」「何すんだ?知りたい?デ、コ、ピ、ン。きゃっはっはっはっは!マジで痛がってるし。きゃはは。」掌で額を摩りながら不貞腐れる俺を腕組みして勝誇ったような顔のリエが指を差して楽しげに高笑いする。「もーう二人がラブラブなのはわかったってば。気ぃ済んだっしょ?もうそれ以上イチャつかなくていいって。」ユウカがそう言ってにっこり笑い両方の手でテーブルを叩いて立上る。「さ、て、と…。お腹も一杯になったし?踊りに行くよぅ!ほら皆早くぅ、立った立った。」ユウカはふらふらした足取でよろよろと歩き出した。
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 俺達が着いたのはさっきのクラブではなくレゲェバーだった。エリックは分厚い扉の所に立っている店員らしいドレッドヘアの男に一言二言何かを耳打ちして握手を交わすとあたり前のように金を払わずに扉を開けて中へ入って行く。リエはウィンク。ユウカは投げキッスをして男の前を通ってエリックに続いた。「どうぞ。入りなよ。楽しんでってくれよ。」ドレッドヘアの男は笑顔でそう言って拳を突出した。俺はその拳に自分の拳をこつんと当ててエリック達の後に続いた。中に入るとさっきのクラブと同様にここでもかなりの大音量でレゲェのレコードが掛かり続けていた。ここもやっぱり大量のお香が焚かれていて店中至る所に青紫色の煙が立ち上っている。ブラックライトに照らされて薄紫に煙る空気はまるで生きているみたいに次々と不規則な形に姿を変えていく。俺にはその煙が何かを暗示する暗号みたいな模様に見えた。何て事のない只の煙がそんな風に見える程期待と不安が入混じった何とも言えない不思議な感覚が俺の心を高鳴らせていた。リエは中に入った途端真直ぐにフロアへ向い突然狂ったように奇声をあげて踊っている。相当酔払っているのが明らかに見て取れた。ユウカはバーテンと耳打し合って肩を叩きケタケタと笑い転げ、またバーテンに耳打しては意味深に笑ったりしている。二人の様子を観察してから俺はエリックの姿を捜して素早く視線を走らせた。そして人ごみの中のエリックを目敏く見つけるとしばらくエリックの行動を目で追った。最初に行ったクラブ同様店員、DJ、バーテンダー、客の一人一人全員と一言二言冗談や雑談を交しながら無邪気な笑顔を振り撒いてコロナビールを喉を鳴らして旨そうに飲んでいる。一見普通に見えるこの行動に俺は疑問を感じた。一体どうなってるんだ?さっぱりわからなかった。さっき行ったマクドナルドでさえ店長やアルバイトの店員達とエリックは知り合いみたいで少し下らない世間話をしただけで俺達がリクエストした商品を極自然に料金を払わずにテーブル席へ持ってきた。最初のクラブ。マクドナルド。そしてこのレゲェバー。今までの様子から推測すると今日の夜にこの街をうろついている奴等は殆どの奴がエリックと知合いで入場料は勿論飲食いした分の料金も俺達4人からは1円だって取ろうとしない。何だってんだ?エリックの何気ない行動。リエとユウカが慣れている事から考えても普段からこんな感じだって事が容易に想像できる。普段通りのエリックの行動。それを知れば知る程エリックの素性っていうのが俺には全く理解し難い世界でしかなかった。その店の商品が欲しければその品物の代金を店に支払う。それが物を買うって事。小さな子供でも知っている当たり前の常識。そう思っていた俺の固定観念はエリックには当て嵌まらなかった。そう、只俺は知らなかっただけ。あの日まで俺は何も知らなかった。何も…。こんな事位はエリックの裏の顔、隠された部分のほんの極一部でしかないという事にまだこの時俺はまるで気づいてなかった…。
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 一軒一軒この街に在るクラブ、バー、スナック、ラウンジ、キャバクラ、性風俗店。それに雀荘や飲食店。夜間にこの街で営業をしている殆ど全ての店でエリックは同じ行為を繰返した。やっと最後のキャバクラに着いたのは深夜3時過ぎだった。今夜のエリックの行動は俺にはわからない事だらけで必死で戸惑いを隠しながら俺はエリックについて来ていた。そして更に訳がわからなくなっていた。たとえばエリックの顔の広さ。街に出ると基地の外国人兵士達、これは当然としても酔払いの中年や若者たち、飲屋街を肩で風を切って練歩くヤクザやチンピラの一団、駅前のロータリーで屯して睨みを効かせている暴走族の少年達の集団。一晩だけの遊びの恋愛の相手を求めて街を彷徨う軟派目的の少年達や軟派待ちの少女達。薄暗い路地裏に立って客を取る売春婦達。巡回中で忙しいはずの警察官。今夜この街に居る全ての人間達がエリックの知り合いのようで誰とでも一言二言冗談なんかを言合って笑い合い時にはわざとらしいくらい無邪気な笑顔で大袈裟に肩なんか叩き合ったりもしていた。今夜最後に来たこの店は高級そうな落着いた雰囲気でくつろげる感じの店だった。例の如くエリックは店のママ、チーママ、ホステスの女の子達、男の店員達、それに客一人一人にまで話掛けて笑い合っている。その光景が俺にはわざと陽気な外人を演じているように見えた。いつの間にかユウカとリエは何処かの店で会った酔払いと夜の街に消えて行った。エリックはこの店の全員と話し終ったらしくいつもの笑顔、いつもの踊るような特徴ある歩き方で俺が待つテーブルへとやって来た。そして柔かいソファに身体を沈めると満面の笑みを浮かべて俺を見た。「ナツぅ気付いてたんだろ?ユウカのあの熱い視線。あれは完全にナツにイカれてるぜ!どうなんだよ色男?抱かれたがってんぜユウカの奴。えっおい、ナーツ!!」エリックが子供みたいに無邪気に笑う。俺はエリックの方を見ないで無表情のまま静かに答える。「あの酔払いみたいに俺にも金を払えって事か?エリック…俺はあんなに金持ってねぇぜ。もし持ってたとしても女なんか買う気はねぇけどな…。」エリックが笑うのをやめて俺を見る。「冗談さ、只の冗談…そうか金を受取っている所を見られたのか…あれは只の仲介料でリエもユウカも自分の取分を貰って納得の上でアルバイトしてるんだぜ?」エリックは悪びれず煙草に火を点けながらそう答えた。俺はエリックの顔を真直ぐに見つめて唇の端でニヤリと笑う。「エリック…。猿芝居はいい加減にしろよ。チッ…。あんた程の人があんな人前で大っぴらに金の受渡しなんかする訳ないもんな?わざと俺に見せようとしてたくせによ…何が見られたのか?だよ。ふざけやがって。もういいだろ?そろそろ表の顔は仕舞い込んでずっと隠してる本当のエリックを俺に見せろよ。回りくどい自己紹介しやがって…俺の只の勘繰りだって言って誤魔化したって構わねぇけど?別に。」面倒臭そうに吐き捨てる俺を見てエリックはニヤッと意味ありげに唇の端を歪めた。「流石だナツ。怒ってるのか?騙すつもりじゃなかったんだ。簡単なテストって奴だ俺なりのな。おめでとうナツ合格だ。文句なく満点だよ俺の目に狂いはなかったって事だ。今日ナツに初めて昼間会った時一目見た時にすぐわかったんだよ。『コイツは使える。』ってな。」エリックがそう言って真剣な目で真直ぐに俺の目を見てから悪そうな薄ら笑いを浮かべた。俺はエリックの顔を見た瞬間ぞくぞくっと全身に寒気が走った。この時のエリックの表情が俺が密かに想い描いていたエリックの裏の顔と気持ち悪い位一致していた。軽い興奮状態で髪が逆立つような感覚で全身に鳥肌が立っていく。こんな事は初めてだった。「どういう事だ?」俺は昂ぶる思いと裏腹に無表情のまま素気なく言ってエリックを見た。エリックが静かに答え始める。「まず俺にはお前が口の固い奴に見えた。かなり危ない橋も渡るから口が固いっていうのは第一条件だ。実際おまえは他愛もない軽口は叩くが本当に重要な事はちゃんと時間をおいて大丈夫だっていう確信が持てるまで俺に言わなかったからな。逆に軽口が叩けるっていうのも合格の要因だ。今夜見ていてわかったと思うがこの商売は営業が大事だ。いくら良い品物が揃っていても宣伝しねぇと客はつかねぇ。なにしろ合法じゃないから大っぴらにコマーシャルする訳にもいかない。地道な営業活動あるのみだ。自分の目や鼻で刑事や私服警官じゃないって事を確り確認した上で声を掛ける訳だ。そういう奴等に現行犯で逮捕されたら幾ら俺でも助けるのは難しい…懲役に行って貰うしかない。リスクは高いけどギャラはそれに充分見合う額だしな。何も心配する事はない。それになナツ、おまえの顔は営業に向いている。人から好かれる顔だ。実際に現場に出て何日かやればすぐに客がつくだろう。ナツどうする?続きを聞くか?興味ないならこの話は終わりだ。」俺の目を真直ぐ見つめてエリックは答えを待っている。「続けてくれエリック。」俺はそう言ってエリックを見る。「ナツの顔から知性的なきらめきを感じたんだ。鋭い観察力、綿密な分析力、的確な洞察力、柔軟な思考力、理知的な理解力。それに知能指数もかなりの高さのようだ…」俺は表情を殺してポーカーフェイスでエリックの言葉を遮る。「そんなに褒めても何もでないぜ?そんな下らない事より仕事の説明の方をしてくれないか?」「そう!それだよナツ。何があってもクールでいられる謙虚な姿勢。自惚れや虚栄心のない所が更なる向上心、上昇思考を生み鍛錬を怠らずに洗練された特殊技能が確実に自信につながる。」真剣なそれでいてとても穏やかな顔でエリックは続けた。「ナツ。ここまで完璧に近いおまえでもその若さじゃどうしても足りない物がある。経験‥人生経験だ。こればっかりは生まれ持った才覚って奴だけじゃどうにもならない。あと他の色々な細かい事は明日から実際に現場でその都度教える。これは口で簡単に説明できないからな。」エリックは力強い真剣な瞳で俺の瞳の奥を読み取ろうとして集中している。表情は簡単に無表情になれたけど一瞬、ほんの一瞬の事だった。俺は知らない世界への好奇心のせいで一瞬瞳孔が開いた。俺のリアクションを読み取ろうと集中していたエリックがそれを見逃すはずがなかった。「なんだかんだいっても14歳の少年だな?ナツにも人間らしい一面が残っていて安心したよ。ナツ、お前のその素晴らしい才能ずば抜けて優れている頭脳。俺に力を貸してくれないか?二人でこの街を変えるんだ。」俺はずっとお預けをくっていた犬のように目の前に差出された餌に尻尾を振って飛びつく。面白くて甘い危険な罠にはまる。そしてやっと会えた。  「はじめまして。エリック!」  そうだこの日に二人は出会ったんだ。東京都下、国道16号線沿いの米軍基地が在る小さな街が違う色に染まるひどく暑い夏。全てはこの時から始まった二人の物語。

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