真白な
飛行機雲の隙間から
朝日が輝く
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真白な飛行機雲の隙間から朝日が輝く


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 いてつくような冷たい風に埃っぽい乾燥した空気が肌を突き刺すこの季節がナツは余り好きじゃなかった。少し憂鬱な気分になったけど周りの日常は変わることなく過ぎていく。その夜ラーメンを食べながらナツはエリックに聞く。「明日っていうかもう今日だけど昼間頼んでもいいか?エル。」ナツはエリックの横顔を見ている。「別に構わないよ。」エリックはおかしな箸の持ち方でラーメンを食べている。  次の朝ナツは携帯電話をエリックの番号に転送されるように設定すると紺色のブレザーに袖を通した。学校指定のバッグは部屋中を探しても見つからなかったので手ぶらで出かけた。  気軽に話しかけてくる者、遠くから物珍しげに見ている者など同級生達の反応は色々だった。二年振りに来た中学校にナツは懐かしさは感じず場違いな気がしておかしくて笑った。「ここが本来俺の居るべき場所なのにな。」ナツは小さく呟いた。元々人なつっこい雰囲気なので少し経つとナツは同級生達と楽しそうに話していた。そうしている内に噂を聞きつけた担任の教師がナツを呼びに来た。  進路指導室で担任の教師は慎重に言葉を選びながらナツに話しかける。殆どの教師がそうだが自分より高い知能を持っているナツに劣等感を持っている。そのせいで考えに考え抜いた当たり障りのない言葉でナツに問いかける。「どうしたんだ?大浦。珍しいな…。」ナツは教師が生徒に言う言葉じゃないなと思い少し微笑みながら答える。「ちょっと高校進学の相談に…。」担任はほっとした様子で「なんだそんな事か。大浦ならどこの高校でも奨学生として受け入れたがってるよ。」と言葉を選ばずに間抜けな答え方をした。ナツが無表情で聞いていると教師は自分の犯した失敗に気付いた様子で一生懸命に弁解を始めた。ナツはその教師が哀れに思えて口を挟んだ。「気にしないでください。馬鹿にしてるわけじゃないんです。只素直に喜べなくて…自分でも悩んでるんです。」そういって悩みを相談する振りをして教師の自信を回復させて調子に乗らせた。「そうか、世間では天才と呼ばれてるおまえでも普通の15歳の少年と同じように悩んでるのか?」と担任の教師は心配そうな顔をした。「只他の人より勉強ができるだけで高校への進学の仕方とかそういう社会の仕組みとか何も知らないんです。先生に指導していただかないと…。」自然に見えるような笑顔でナツは笑ってみせた。ナツは担任の教師をうまくおだてながら希望の高校へのいい条件での推薦を約束させた。頭の悪い中学校教師を手のひらで踊らせる事などナツにとっては造作もない事だった。ナツは教室には戻らずに下駄箱に向かった。「ナツ。あんたが学校来ると大騒ぎだね。」ナツにそっくりなかわいらしい女の子が立っている。「アキ…か?」ナツは驚いてその少女を見た。関口秋。小学校6年生のときナツの両親は離婚した。ナツは母親に引き取られ父親が引き取った双子の妹、それがアキだった。双子とはいってもナツとアキは二卵性双生児で顔や性格などは似ていたけどアキにはナツのような先天的な頭脳はなかったが唯一自分の気持ちをわかってくれるナツにとっては掛け替えのないたった一人の妹だった。 「お母さん元気?」ナツとアキは校庭の片隅に並んで座っている。「あぁ元気さ。それよりいつ福生に戻ってきたんだ?」「去年の夏かな?お父さんの仕事の都合でね。」「そうか…。」ナツはアキを見て笑う。「ナツがいるって友達から聞いてたけど全然学校来ないんだもん。」アキはにっこりと笑ってナツの手に自分の手を重ねる。ナツはその手を軽く握って「まぁ色々あってな。」「また格好つけて。少し大人っぽくなったねナツ。なんかあった?」アキはやさしく笑った。ナツは相変わらず鋭いなと思いながら「何もないよ…なんにもな。」ナツが寂しげに笑う。「何それ?疲れきったサラリーマンの人みたいな顔してたよ。大丈夫?ナツ…。」アキがひやかす。「かあさんみたいだな?」そう言ってナツは立ち上がる。「帰っちゃうの?」アキも立ち上がる。「またくるさ…。またな。」そう言うとナツは手を振って校門に向かって歩き出した。「何しに来たんだか…。」時計を見て微笑みながらアキは呟いた。
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 ナツは校門を出ると携帯電話を取り出して転送設定を解除した。ちょうど家に着く頃携帯電話が鳴る。「どうも森田さん。ハイ。そうですね…じゃあ40分位で…ハイ。」ナツはスーツに着替えて駐車場に向かった。  首都高速3号渋谷線用賀パーキングエリアで商品を渡すとちょうど昼過ぎで腹が減ったので渋谷でナツは高速を降りた。昼ごはんを食べてコーヒーを飲んでいると携帯電話が鳴った。福生からの注文だった。ナツはアルテッツァを走らせる。やがて夜になってまた夜が明ける。ナツは心地良い疲れと共にベットに潜り込んだ。  「そろそろどうだ?ナツ。」ある夜エリックは16号沿いのモスバーガーでナツに聞いた。「いい時期じゃないかな…。今夜から俺は歌舞伎町で顔を売るよ。仕入先の確保は頼むぜエル。」ナツはチキンナゲットを口に放り込むと立ち上がった。  平日だというのに新宿歌舞伎町は何千何万もの人が行き来していてまさに眠らない街という感じだった。ナツは手始めにクラブでクスリ関係を売りながら情報を集めた。そのクラブはハウスを中心としたアンダーグラウンドミュージックが掛かっていて巨大なプロジェクションウォールに映像が映し出されている。ナツはしばらく客達を観察して常連らしい一人の若い男に声を掛けた。「クスリとかって買えないの?ここって。」その若い男はナツに驚く訳でもなく普通に答えた。「決まったプッシャーはいないけど?欲しいのか?」ナツは笑って「俺は欲しくないんだけどちょっと興味があってさ。」そのナツの言い方に男はちょっとナツを疑い始めた。「あんたはドラッグとかやるの?」ナツは自然な笑顔で聞いた。「おまえ警察か?そんな訳ねーか。どう見たって17、8だもんな?」その男はそう言って笑った。「名前聞いていいか?」ナツは携帯電話を取り出しメモリーに入れる振りをしながら聞いた。「ユタカだ。おまえは?」ユタカはナツを見る。ナツはスーツの内ポケットから一枚のカードを取り出してユタカに渡した。 ”MARKET 090−○?△?−?○?? 御注文の際はお客様の番号を通知して下さい。なんでもあります。”そのカードには黒地に血のように真っ赤な字でそう書かれている。ユタカはカードを見て驚いてナツを見る。「おまえがマーケットか…。噂は聞いた事があったけどまさかこんな若造だったとはな…。」ナツは唇の端でニヤリと笑い右手を差し出す。「よろしく。」そういってナツはユタカと握手した。



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