真白な
飛行機雲の隙間から
朝日が輝く
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真白な飛行機雲の隙間から朝日が輝く


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 突然降り出した夕立に煙る国道16号線沿いをぶらぶら歩いていた。壊れたシャワーみたいに強く打ちつける雨は夏の暑さで溶けそうだった体を冷やしてくれる。夏の訪れを知らせる通り雨がアスファルトを輝かせる。ナツは不意にガードレールに寄りかかってポケットから携帯電話を取り出す。その携帯電話を眺めながらナツは思い出していた。  白く明け始めた16号沿いをエリックと歩いていた時突然エリックはポケットから携帯電話を出しナツに投げた。「やるよナツ。」「あ?俺携帯なんか使わねぇよ。」エリックは煙草に火を点けながら言った。「それが俺達の店だ。注文は全てそれで受ける。」きらきらと輝く朝日が俺達を照らす。「じゃあな!連絡する。バイバイナツ。」エリックは踊るような歩き方で基地の中へ消えていった。  あの日から一週間が経つけどエリックからの連絡はなかった。いつの間にか雨は止んで夕日が赤く水たまりが血のようだった。ガードレールから腰を上げ歩き出そうとした時突然携帯電話の着信音が鳴った。「ようナツ。元気だったか?エリックだ。」「全然連絡ねぇからもう忘れてんかと思ったぜ。」「ちょっと捜し物があってな…。ところで今日は時間取れるか?」俺は答えが決まってるのに少し間を空けて答える。「あぁ…大丈夫だ。」「今どこだ?」そう聞かれて俺は辺りを見回して答える。「ニコラスのそばだな。」「わかった.5分で行く。」そう言ってから一分もしないうちに馬鹿でかいオープンカーがニコラスピザの前に横付けされた。「ナツ!乗れよ。」エリックが無邪気に笑い手を振っている。ナツが乗り込むと握手を交わしながら言った。「会いたかったぜナツ。」エリックはそう言って笑うと車を走らせた。  「何処に向かってるんだ?」俺は暮れ始めた夜空を見上げながら聞いた。その辺りはあまり家とかもない寂しい感じの道でエリックのアメ車が全然似合わない道だった。「もうすぐ着く。」そう言ってエリックは笑う。車は橋を渡り左にカーブする道を右に曲がった。そこは巨大な敷地のプールのある遊園地か何かで、エリックはかなり広い駐車場に車を停めて俺に言った。「今日はここで運転を憶えるんだ。運転した事はあるか?ナツ。」エリックがハンドルを軽く叩きながら言った。「いや、ないな。」俺が無表情で答えるとエリックは穏やかな顔で言った。「そうか。よし、じゃあ交代だ。」  俺は初めての運転が面白くて時間の経つのも忘れて夢中になっていた。エリックの教え方はとてもわかりやすくて空が明け始める頃には俺は普通に運転できるようになっていた。遠くから二台のヘッドランプが近づいてくる。メルセデス・ベンツとトヨタのアルテッツァという車だとエリックが教えてくれた。アルテッツァからチンピラみたいな若い男が降りて近づいて来る。「エリック。これでいいんだろ?」「バッチリよ。」エリックが片言の日本語で答えて俺にその男を紹介した。「リュウだ。これからもちょくちょく会うと思うから憶えておけ。」「なんだ?そっちのガキも外人か?」その若いチンピラは俺とエリックが英語で話していたので俺の事を外人と勘違いしたらしい。「ナツね。これからはリュウの所はナツが行くからよろしくね。」エリックが俺の事をそのリュウという若いチンピラに紹介した。「ナツって言います。よろしくお願いします。」「オウ、よろしくな!」俺が会釈して挨拶するとリュウは笑顔で答えた。「おっと、忘れるところだったぜ。これこれ。」リュウがポケットから封筒を出してエリックに手渡す。「これでいいんだろ?」そう聞きながらリュウが手渡した封筒の中身をエリックは確認してから「OK!」と言ってニヤリと笑いポケットから輪ゴムでとめられた一万円札の束を出し二つの束をリュウに渡した。その一万円札の束は一つが百万円位はありそうだった。「じゃあまた近いうちになエリックと‥ナツだっけか?」「はい、失礼します。」俺が爽やかに笑い挨拶するとリュウは手を上げ小走りに車に駆け寄りリュウが乗込むと真黒なメルセデスは夜の闇に吸込まれていった。「これを使うんだ。」エリックがそう言ってさっきリュウから受取った封筒を俺に手渡した。中を見てみると偽造免許証だった。この前の夜スピード写真で撮ったナツの顔写真が使われている。「車はあれを使え。」そう言ってリュウが乗ってきたアルテッツァを指差した。そしてポケットから折りたたまれた紙切れを出し俺に差出す。「こっちが駐車場の地図、でこっちはリュウの事務所の地図。」地図はナツの家の近くの月極駐車場の地図で駐車場所と駐車番号が記してある。もう一枚は町の地図のコピーにリュウの事務所の所に印がしてあって余白の所にリュウの携帯電話の番号が書いてある。「リュウの所は車、偽造免許証、偽造パスポート、偽造クレジットカード、覚醒剤、マリファナ、コカインを仕入れる。わかったか?ナツ。」エリックはそう言って俺を見る。俺は黙ったまま頷いた。「乗ってみろ。お前の車だ。」エリックがそう言ってアルテッツァを顎で指した。  福生へと帰る道中エリックの馬鹿でかいアメ車で練習したせいかアルテッツァは乗りやすくてナツはこの車が気に入った。太陽が照りつける16号沿いにエリックは車を停めた。ハザードを出してエリックのアメ車の後ろにアルテッツァを停め俺は車から降りてエリックの方へと近づく。「どうだ?」エリックが少年のような笑顔でハンドルを握る真似をして俺を見る。「いい車だ。」「そうか喜んでもらえて何よりだ。」エリックが目を閉じて静かに笑う。そしてポケットから三万円とクレジットカードを出して俺に差出した。「このカードはガソリンを入れるときに使え。それと今日の分のギャラだ。」そう言って俺のポロシャツの胸のポケットに押込んだ。「おいエリック…ギャラって今日は何もしてないじゃないか。」俺がポケットから金とカードを出そうとする手をエリックが止めた。「いいんだナツ。車の運転っていうのも仕事をする上で絶対に必要な事だからな。それじゃ今夜からシノギしながら色々と教える。夜に備えてゆっくり休んでおけよ。」エリックはそう言って俺と握手を交わすと車を走らせ去って行った。
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 いつの間にかナツは『マーケット』と呼ばれ夜の街でかなり有名になっていた。売り文句は『キャンディーからロケットまで何でもあります。』ナツの携帯電話の番号は口コミで広がり都内からも注文が入るようになっていた。最近では営業をしなくても客の数は増える一方だった。非合法の物でも金さえ出せばなんだって買える。あの時エリックの言っていた裏側の世界がナツには居心地がよく二度目の夏を迎えようとしていた。昼夜を問わず携帯電話は24時間鳴る。今日は久しぶりに福生の街にきていた。  街を歩いていると会う人会う人みんながナツに話し掛けてくる。一年前のエリック同様ナツの事を知らない人はこの街には一人もいなくなっていた。突然携帯電話が鳴った。「ナツ?どうだ?今日は。」エリックからだった。「いつも通りだ。問題ない。」「そうか。今夜は?」「福生だ。」「ワーオ!久々に会えるな?じゃあ後で。」電話を切ってナツは一軒のクラブに入った。「ようナツ久しぶりだな?」顔馴染のバーテンがナツに笑い掛ける。「こんばんわ中山さん。お久しぶりです。どうですか?最近。」「コーラだろ?」中山がコーラのビンの栓を抜いてナツに渡しながら答える。「あまり客は入らないけどな。変わらないさナツが毎晩来てた頃と。」「そう?」そう言ってナツは一万円札をカウンターの上に置いて椅子から立上がる。「ナツ…いらないよ。」中山が一万円札をつかんでナツに返そうとする。「いいんですよ中山さん。とっといて下さい。」ナツが爽やかに笑うと中山は仕様がなさそうにポケットに仕舞った。「いつも悪いな?ナツ。」中山は頭を掻いて笑う。「あっそうだ‥またこれ頼みます。」ナツは思い出したようにそう言ってスーツのポケットからカードを50枚位出して中山に渡した。「来月からか?」中山はカードを受け取って確認しながらナツに聞いた。「はい、来月からです。それじゃあお願いします。また近いうちに顔出します。」ナツはそう言って振り返りクラブを出ていった。  ナツが営業をしなくても客が増えるのは彼等のお陰でもあった。各店に一人信用できそうな人間を見つけて3ヶ月毎に変えている携帯電話の番号が書かれているカードを彼等を窓口にしてばらまく。エリックに言うと「他人を信用しすぎるとやばい。」と言われるのがわかっているので内緒にしているがナツはこの方法でかなり売上を伸ばし色々な街へと進出していった。ナツはその辺の見極めも抜群に長けていた。  「あー!ナツだ!!久しぶりじゃーん。」突然の叫び声にナツが振返ると制服姿の女子高生が不意に抱きついてきた。ユウカだった。「マック行こー。」ユウカはそう言ってナツの腕を引張って歩き出した。「エリックに言っておいてよ。この前の人すっごい変態だったんだよー。超キモイの。」ユウカがシェイクを飲みながら大して怒ってなさそうな感じで言った。「あ?知らないよ。自分で言えよ。」ナツはあまり興味なさそうにぶっきらぼうに答えた。「何それ?ひっどーい!冷たい言い方ー。ナツ変わったよねー。」ユウカが不貞腐れる。「あ?わかったよ…会ったら言っておくよ。」ナツは面倒臭そうに答えてユウカを宥める。「ありがとー。だからナツ好きー。」ユウカが無邪気に笑ってナツにキスをしようとした時ナツの携帯電話の着信音がマクドナルドの店内に鳴り響いた。ナツはキスをしようとして近づいてきたユウカをさっとかわし素早く携帯電話の着信番号を確認してから通話ボタンを押した。「はい、どうも藤原さん、はい、はい、じゃあ30分位で…はい、じゃあ後程。」電話を切って立ち上がろうとしたナツの腕をユウカが引張る。「仕事?」不安そうにユウカが聞く。「あぁ。またなユウカ。」ナツはそう言うと上着を着て立ち上がりさっさと出ていってしまった。「もーう…。」ユウカが不貞腐れている。  福生に戻ってこれたのは1時少し前だった。立て続けに注文が入って帰ってこれなかった。「エリックはまだいるかな?」駐車場に車を停めてそう呟きながら車を降りると駐車場の隅でユウカがしゃがみ込んでナツの事を待っていた。「誰に聞いたの?ここの駐車場。」ユウカにそう聞きながらナツは立止まらずに行ってしまう。「ちょっと待ってよぅ…女の子が一人でこんな時間にこんな所にいたら心配しない?普通。」ユウカが一生懸命早足でナツについてくる。「わかってるなら心配させるなよ!」ナツが険しい顔でユウカを見る。「ごめんなさい…。」ユウカはうつむいている。「彼氏とか心配してんぞ。帰れよ、送ってやるから。」ナツが先にたって歩き出そうとするとユウカがナツの袖をつまんで引き止める。「わかってない…。」小さな声でユウカが呟いた。「えっ?」ナツが顔を近づけるとユウカは泣いていた。「わかってない‥わかってないよナツ。ナツに心配してほしいの…ナツが好きなの。」「泣くなよ…わかったからもう泣くな。」ナツは厄介だなと思いながらユウカにハンカチを渡す。「今からちょっと飲みに行こうぜ?」これはエリックに頼んだ方が早いなと思いユウカに優しく笑い掛けた。「うん。」ユウカは照れ臭そうに涙を拭きながら頷いた。  街に着くと顔馴染の呼び込みの男がナツに気づいて近づいてきた。「よう!ナッちゃん久々だな?珍しいな?女の子なんか連れちゃって。」ナツはユウカに気づかれないように呼び込みの男からエリックの居場所を聞き出した。「じゃあまた今度寄らせてもらいます。」そう言って呼び込みの男と別れた。「やっぱ目立つよな?この時間にその制服じゃ…。」「そう?別にだいじょうぶっしょ?私なんちゃってじゃないし。」無邪気に答える脳天気なユウカにナツは少し呆れている。「…………。ちょっと服借りてやるから着替えろよ。」そう言って一軒のキャバクラの前でナツは足をとめた。「ここでいいか…。おいで、ユウカ。」ナツはユウカの手を引いて店の中に入っていく。「あらナツじゃない、久しぶりね?」何人かのホステスがナツに気づいて近づいてくる。「ママいる?」「あら私じゃだめなの〜?」ナツが聞くとその女の子はふざけて甘えてみせた。「ママ〜ナツチャン御指名よ〜。」女の子がふざけた調子で叫ぶと店の奥から30代前半位の綺麗な女性が出てきた。「あらナツ珍しいわねぇ?」「ご無沙汰してます。すいませんけど服貸してもらいたいんですよ。店の女の子に貸す貸し出し用のやつ。」ナツは爽やかに笑い挨拶する。「ナツが着るの?じゃあお化粧もしてあげる!ナツなら綺麗になるわよ。」ママがナツの頬を手のひらで撫でて艶っぽく笑う。「違いますよ。俺じゃなくって…おいっ。」ナツが笑ってユウカを手招く。「すいませんママ。じゃあお願いします。」ナツはユウカの事をママに頼んで奥のVIPルームに向かう。
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 「何か問題か?」ソファにゆったりと身を沈めてエリックが笑っている。ナツはそのエリックの笑顔を見て全ての事に気づいた。「そうか…そういう事か…考えてみりゃ駐車場の場所知ってるのはエリックだけだもんな?二人共グルか…。」ナツが眉を顰めてエリックを見る。エリックはニヤッと笑ってナツと握手した。「なんだよ!じゃあユウカが言ってたのも冗談か?二人で俺の事からかいやがって。マジ面倒臭ぇーとか思っちまったよ!」俺が膝を叩きながらソファに座るとエリックがきょとんとしている。「ユウカが何か言ったのか?」不思議そうに聞くエリックを見てナツは深い溜息を吐いてから素早く要点だけをエリックに説明した。「付き合えばいージャン。」エリックは真面目な顔でそう言ってナツの反応を見て楽しんでいるようだった。「わかった…。自分で何とかする。」ナツがそう言って立ち上がりVIPルームから出て行こうとするのをエリックが止める。「冗談だよ。どうする気だ?」エリックはナツがどう対処するのか見て楽しんでいるように見える。「付き合ってみるよ。」ナツが寂しそうに笑う。エリックが期待はずれな答えにがっかりしたような複雑な表情で心配そうにナツを見る。「なんてな。」ナツが舌を出しておどける。「やるなナツ。すっかり騙されたよ。」エリックが悔しそうに苦笑いする。ナツとエリックは普段からお互いがどんな反応をするか期待して試しあっている。今までもエリックの仕掛けた悪戯をナツは何度となく経験している。その度に本当のトラブルかと思い最善の対処をしてきたが幸いな事に本当のトラブルは今のところなかった。「遅いよ?ナツ!」ナツとエリックが二人で笑いあっていると突然ドアが開いてユウカが顔を出した。「あれ?エリック…何でいるの?」「たまたまでーす。座ったらどうですか?」不思議そうに聞くユウカをエリックは中に招き入れ椅子を勧める。ナツはまだ楽しんでニヤニヤ笑うエリックの期待に応える。「ユウカ?さっきの事だけどさ…。」ナツが話し始めるのをユウカが慌てて止める。「あ−だめ−!恥ずかしいからエリックには内緒ー。」ユウカはナツにウィンクする。ナツは首を傾げてからユウカに構わず話を続ける。「なんで客が変態だった事エリックに知られると恥ずかしいんだよ?っつうかユウカが自分でエリックに言ってくれって言ったんじゃねぇか。」ナツがわざとらしく見えない不思議そうな顔をしてユウカに聞く。「えぇーさっきって駐車場で言った事じゃなくって?…えっ?あーうん‥何だっけ?」ユウカは焦ってしどろもどろになっている。「あ?なんだよ?自分でエリックに言うか?」「何何?エリックも聞きたいよ。内緒ダメです。教えて下さーい。」ナツが怪訝そうに聞くとエリックも大袈裟に聞きたそうにする。「あぁさっきってマックで言ったこと?」ユウカがやっと思い出してばつが悪そうにはにかんでナツを見る。「あ?何言ってんの?それ以外に何があんだよ?俺他にユウカになんか言われたっけ?記憶にねぇけど?」ナツは微笑んでユウカを見る。「だから普通の?普通の客ってどんなのか知らねぇけど普通の客にしてほしいんだってよ。」エリックは首を傾げてナツを見る。「日本語難しいでーす。意味がよくわかりませーん。」エリックがユウカに気づかれないようにナツを見てニヤッと笑う。「そうか…。この手があったんだよな?」ナツはエリックに敬礼して流暢な英語でしゃべりだした。「こういう場合エリックならどうするんだ?教えてくれ。」そう言ってナツはユウカの方をちらりと見る。「今いい感じじゃないか。このまま惚ければいいんじゃないか?それともわざと嫌われるか?ナツ次第だろ?」エリックが楽しそうにナツを見る。「客ってさぁ…」ナツは突然日本語でユウカに話し掛けた。「いちいち女買う前に『俺は変態です。だから変態OKな子をお願いします。』なんて言わねぇじゃん?だからエリックにはどうにもできないってよ。っつうか俺に言わせりゃ仕事なんだから割り切ってやれよ。っつう話。」ナツはそう言ってユウカを諭して優しく微笑む。「さてと…時間だから俺もう行くわ。エリックユウカの事送ってやってくんねぇか?頼んだぜ、エリック。」ナツはそう言って立ち上がるとエリックと握手を交わしてそのまま足早にVIPルームから出て行ってしまった。「私ナツに嫌われてるのかな…?」ユウカが泣き出しそうな顔でエリックに聞く。「クールなだけ。大丈夫。がんばってユウカ。」エリックが穏やかな顔でユウカを慰める。「ありがとうエリック。また応援してねー。」ユウカはエリックににっこりと微笑んだ。

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