真白な
飛行機雲の隙間から
朝日が輝く
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真白な飛行機雲の隙間から朝日が輝く


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 夏が終わった。あんなに暑かった空気も温度を下げ涼しげな風が街を包む。陽の光りも優しくなって根拠のない幸福感が人々の胸を高鳴らせる。街の喧騒に幻想が混じり合って自分本位で利己的な制御される事のない欲望。そんな欲望に合致した品物を容易に用意する。その時から利害は完全に一致し高利率な利益が生まれる。流通の仕組なんて簡単に言えばそんなものさ。合法か非合法か俺達にとってはそんな事どうでもいい。客の望む実態のない欲望を具現化して商品としてゲストに提供する。例えそれが非合法でも…  ナツは自動車整備工場で整備士と話し込んでいる。「コーク?あるよ。グラムイチゴー位だな。」「でもこの仕事ならスピードの方が合うんじゃない?」「今ならグラムでニ…イチハチでいいや特別に。」「エックス?ダメだな。体動かないよ?」「エッチ?あったかい奴?俺はダウン系はあんま勧めないな。」近々警察の取締りが厳しくなるのでアルテッツァに警察無線とナビゲーションシステムとハンズフリーホンのキットをつけた。エンジンと足回りもバランスよく強化されCPUを調整する為のノートパソコンがダッシュボードに埋め込まれた。外観はノーマルなのに恐ろしく速いアルテッツァがこんな田舎のちっぽけな整備工場で造られていた。「OKだな。これでまだ納得いかなかったらまた持って来いよ。セッティングしなおすから。ここまで本格的なチューニングしたんだからちゃんとナラシしろよナツ。耐久性重視じゃないからあんま派手に回すとエンジンがイクぞ。」  薔薇のように真赤なアルテッツァRS200Zエディション改が国道16号線を他の車の間を縫うように疾走する。ナツはギアを6速へ叩き込む。周りを走っている車がまるで止まっているかのように見えた。常識では考えられないような速度で右へ左へ車線を変えながら疾走するナツのアルテッツァ。ナツは楽しくて夢中で車を走らせた。交通量の多い国道を最高速に近いスピードでひたすら南下した。気がつくと夕暮れに染まる横須賀まで来ていた。  「エリック?今横須賀なんだけどさ…今夜こっちで遊んで行きたいんだけど。そっちは頼めるか?」「あぁ構わないよ。全然休んでないしな。注文があったら全部こっちにまわせ。たまにはゆっくり楽しんでこいよ。じゃあなナツ。」ナツは駐車場に車を停めてバケットシートの下から護身用のピストルを出してベルトに挿した。
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 米軍横須賀基地。初めて来たはずのこの場所に奇妙な懐かしさを感じてナツは飽きる事なく金網越しの基地の中の風景をぼんやり眺めていた。考えてみればこの一年と何ヶ月かの間止まる事なくずっと走り続けてきた。こんなに充実した一年は初めてだった。ナツは幼稚園の時父親が面白半分でやらせた大学検定試験の問題をすらすらと解いてしまった。変に思った両親がナツを大学病院へ連れて行き知能検査を行うと驚異的な知能指数を示した。突然変異で産まれた天才少年は何年間かの間大学病院に入院させられ様々な検査を受けた。ナツは新しく発見された新種の動物のような扱いを受け研究熱心な大学病院の教授達から様々な知識を悉く吸収して洗練された教養を身につけた。ナツが10歳になった頃ナツは自分より低脳な大学教授達を馬鹿にしてからかった。大学病院は知能の高すぎるナツの事が手におえなくなり研究を放棄。そういう事情で公立の小学校に戻されたナツに学校へ通う正当な理由や必要性もなくナツが本当にたまに気が向いた時だけ学校に行き学校側もそれを承認した。ナツは父親が大学検定試験を受けさせたあの時からエリックに出会ったナツの運命を変えたのあの日まで自分でも生きてるのか死んでいるのかわからないような人生だった。そんな事をぼんやり考えながら飛び立つ軍用機や暮れていく夕暮れを眺めていると突然携帯電話が鳴った。ナツはふっと我に返りいつもの習慣で素早く着信番号を確認する。『番号非通知』いつもなら液晶画面にこの文字が出た時は終話ボタンを押して相手にしないけれど何故かナツは出なければならない電話だとゆうような予感を感じた。ナツは警戒して神経を集中して通話ボタンを押す。無言。ナツは全神経を耳に集中して相手の声を待った。「『マーケット』ってお前だろ?」どの言葉にもアクセントをつけず余り強弱もなく淡々としているわざと特徴をなくした聞覚えのない声だった。「どちらの番号にお掛けですか?」間髪空けず窮めて事務的で自然に聞こえるような声色でナツはさらりと答えた。「とぼけなくていい。『マーケット』最近有名だもんな?そのスーツ、アニエスbの新作だな?秋らしい綺麗な茶色だ。なかなかのセンスだ。」ナツは安全装置を解除して引き金に指を掛けて目だけで辺りを一瞥した。どこだ?どこで見ている?「それにそのスーツの茶色とあの赤い車とのコーディネート…微妙なコントラストだ。」ナツの引き金に掛けた人差し指に思わず力が入る。ナツは悔しそうに舌打ちする。駐車場で車を降りてからずっと誰かに監視されていた事に気づかなかった自分の愚かさに腹が立った。「お前外国人だろ?母音の使い分けが完璧だよな?日本語も上手いもんだぜ。俺の相棒にも少しは見習ってほしい位だ。どこで憶えたんだ?感心するぜ。クソッタレ!」ナツは突然英語で相手を挑発した。そして今度はフランス語で叫ぶ。「出てこいオカマ野郎!!どうした?おまえなんかに殺られてたまるか!!来いよ。撃てるもんなら撃ってみろ!!」「ゲームオーバー…。」その声が背中の金網越しに聞こえた瞬間ナツは恐ろしく素早い動きで振り向きざまに拳銃を抜いて構えた。人差し指に力を込めて引き金を絞ろうとしたその時。「ナツ!撃つな!!」軍服を着た白人の兵士が両手を上げて笑っている。ナツは突然自分の名前を呼ばれてギリギリの所で引き金を引く指を止めた。素早くトリガーを戻して安全装置をかけ拳銃をベルトに戻した。「ナツ。横須賀へようこそ!」ナツは大きく息を吐いて呟いた。「勘弁しろよ…。」
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 ナツは横須賀基地の入口のゲートへ向かいながらエリックに電話している。「やりすぎだ。エリック…。もうちょっとで人殺しになるところだ。」「大丈夫。スティーブは射撃でオリンピックに出て金メダルをとった事があるから殺られる前に殺る。」 「笑えないっつうの!でもありがとうなエリック。こっちの奴を紹介してくれて…悪戯は余計だったけどな。」「気にするな。楽しんでこいよナツ。」エリックはそう言って電話を切った。  ナツはゲートから出てきたスティーブと固い固い握手を交わした。「痛いよナツ。怒ってるのか?スティーブマーティンだ、よろしく。噂は聞いてるよ。天才。」スティーブがそう言ってナツの肩を叩いた。  ドブ板通りにある一軒のバーでナツはコーラを飲んでいる。スティーブが煙草の煙を吐き出しながら言った。「エリックはナツみたいな奴をずっと捜してたんじゃないかな?」ウィスキーをロックでぐいっと飲みながらスティーブは静かに笑った。「どういう事だ?」ナツはチラッと横目でスティーブを見て聞いた。「アメリカにいた頃俺はエリックと組んで派手にやっていた。自分で言うのもなんだけどいい相棒だと思ってたよ。俺もエリックもお互いにな。エリックは日本に来てからも派手にはやっていないけど横田の周りで商売してる事は聞いていた。」スティーブはまた煙草に火を点けグラスを揺らしながら続けた。「昨年の夏頃エリックから電話があったんだ。奴が嬉しそうに言うんだよ。おまえ以上の相棒を見つけたってな。頭が良くて飲込みが早くあっという間に自分を追越していくだろうってな。毎日が楽しい。そう言って笑うんだよ。」スティーブが穏やかに笑う。「ふうん…。」ナツは無表情で聞いている。「今日実際にナツを見て正直驚いたよ。日本にもたった15歳の天才少年がいた事にな。」スティーブが煙草をもみ消しながら笑う。「もうこの話は終わりだ。せっかく横須賀に来たんだ今日は仕事の事は忘れてパーっとやろうぜ!」そう言うとスティーブは知り合いの女子大生の女の子を電話で何人か呼び出した。  「また来いよ、ナツ。」朝日が昇りだす頃車に乗り込もうとしていたナツにスティーブは右手を差し出した。「またくるよ。」そう言ってナツはスティーブの手をしっかり握ると車に乗り込みエンジンを掛けた。女の子達が手を振っている。ナツは手を振って笑うと車を発進させた。 臨海公園から本町山中有料道路、横浜横須賀道路を抜け豆葉新道で国道134号線に出て海岸沿いを走った。水平線から昇ってくる朝日を眺めながらナツは窓を開けて海風を感じてまっすぐに続く海岸沿いを猛スピードで走り抜けた。
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 夕方、携帯電話の着信音でナツは目覚めた。液晶画面に表示されている番号は見覚えのない電話番号だった。電話に出てみるといつもクスリを買っている八王子の若い男からの紹介だという男からの拳銃の注文だった。電話を切った後八王子の若い男に確認の電話をしてからナツは基地に向かった。エリックのハウスの前にアルテッツァを停めてドアをノックする。「うるさい車になったな?速そうだ。」そう言って笑いながらエリックはナツを部屋に入れた。「どうだった?横須賀。」スーツの上着を脱いで軍仕様の最新型の防弾チョッキを着ようとしているナツにエリックが聞いた。「スナイパーを一人殺しそうになった。」ナツは上着を羽織りスーツのボタンを留めている。エリックはセミオートマチックののピストルと実弾を渡しながらナツを見る。「怒ってるのか?」ナツが無表情でエリックを見る。「冗談さ。」ナツは拳銃の安全装置を確認しながらそう言って笑った。  「これレース用のエンジンか?すごいなこのタコ足のうねり方…。」「八王子のトヨタの工場の知り合いにずっと頼んでたんだ。」ナツは嬉しそうに笑ってボンネットを閉めた。「じゃあ行ってくる。」ナツはそう言ってアルテッツァを走らせた。  待ち合わせ場所の八王子の霊園は人気がなく寂しい雰囲気だった。駐車場に一台の車が停まっている。ナツは少し離れた場所にアルテッツァを停めて電話を掛けた。男が車から出てきてアルテッツァの助手席に乗り込む。ナツは極めて事務的に拳銃の使い方を説明した後男に拳銃を渡し金を受け取った。「理由とか聞かないのか?」男が受け取った拳銃を眺めながらナツに聞いた。「興味ないな。」ナツが無表情でそう答えると男は「そうか…。」と呟いてアルテッツァの助手席から降りた。男が自分の車に戻ろうとすると携帯電話の着信音がなった。「この先の駐車場にあるごみの収集ボックスの中に茶色い紙袋に入った実弾が入ってる。俺が駐車場を出てから5分したら取りに行ってくれ。今マガジンに入ってるのは空砲だから…。」それだけ言うと電話は切れてアルテッツァは走り去った。  福生に戻るとナツは防弾チョッキを返す為にエリックの所へ来ていた。「50で良かったかな?」ナツは銀行の利用明細をエリックに渡しながら聞いた。「上出来だ。」エリックはそう言いながら灰皿の中で利用明細を燃やした。「今夜はどうする?」エリックがナツを見る。「そうだな…久々に八王子かな?」ナツはにやっと笑って立ち上がるとハウスを出て行った。  八王子の街を車で流しているとリエとユウカが歩いていたのでナツはクラクションを鳴らした。リエがそれに気づいて走り寄ってきて助手席の窓からナツに話しかける。「この前ありがとうねナツ。ユウカがこの前の事気にして落ち込んでんのよ、なんか言ってあげて…お願い。」ナツが面倒くさそうに答えようとした時後ろの車がクラクションを鳴らした。「車置いてくんからここで待ってろ。」そういうとナツはアルテッツァで駅前のロータリーのほうへ消えていった。  「何落ち込んでんだよ?ユウカらしくないぞ。」スカイラークでサラダを食べながらナツはぶっきらぼうに言った。「ナツぅ…。」リエがちょっと怒ってる感じでナツを見る。「なんでユウカが落ち込んでんだよ?ユウカは別に何もしてねぇだろ?」「だってぇナツに迷惑掛けたから…。」ユウカがうつむいたまま言った。ナツがチラッと横目でリエを見るとリエは声を出さずに口だけ動かして「お願い。」と言ってウィンクしている。「別に迷惑なんて思ってねえよ。リエやユウカと一緒にいると楽しいし?だから今日も二人の事見つけて停まったじゃん?」ナツがそう言ってユウカの反応を見ている。「だってね…。謝ろうと思って何回もナツのケイタイに電話してるのにつながらないんだもん…。」少し上目づかいでナツを見ながらユウカが言った。ナツは無表情でスーツの内ポケットから一枚のカードを出してユウカに渡した。「番号変わったから。」「じゃあ怒ってない?」心配そうな顔でユウカがナツを見る。「全然。」ナツがそう言って爽やかに笑うと「よかった。」ユウカが嬉しそうにリエに抱きついた。「じゃあ俺仕事あるからまたな。電車あるうちに帰れよ。」ナツはそういって立ち上がると伝票を持ってさっさと店から出て行ってしまった。



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