真白な
飛行機雲の隙間から
朝日が輝く
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真白な飛行機雲の隙間から朝日が輝く



 ナツは朝日が昇り始めた中央高速道路を走っていた。助手席に置いてある携帯電話が鳴る。ナツはイヤホンマイクを耳につけて通話ボタンを押した。「兄弟、どうだった?新宿は?」ナツは目を細めてフロントウィンドウ越しに見えるオレンジ色に輝く太陽を見つめている。「難しいだろうな…。何でも買えるしヤクザと蛇頭が確りと仕切ってて入り込む隙がな…俺はまだ歌舞伎町は無理だな…おっかねぇよ正直。」「そうか。今夜は?」エリックにそう聞かれてナツは少し考えてから答える。「そうだな‥立川でも行くかな…。」「立川か、わかった。気をつけて帰ってこいよ。」八王子のインターで高速を降りてしばらく走っていると左手に東京サマーランドが見えてきた。エリックに運転を教わったナツにとって思い出深い巨大な駐車場のある遊園地をナツは懐かしく思いながら横目で見た。福生の駅前に着いたのは7時過ぎだった。銀行が開くまでまだ時間があったのでナツは銀行の前にアルテッツァを停めて少しだけ仮眠をした。目が覚めて銀行に入るとちょうど昼時だったのかえらく混雑していた。昨日は新宿で下見をしながらクスリ関係を売った。クラブを中心に手売りだったけど福生から持っていった品物は全部売り切ったので売上の現金を銀行に入れる。都心に行けばそれだけ売上は上がる。でもその分リスクが高くなるのがネックだった。ナツはその駆け引きで出るべきか引くべきか悩んでいた。仕入れ用の200万円を残してあとは銀行の普通預金の口座に入れる。  銀行から出るナツを見て4〜5人の制服姿の中学生達がナツの方に駆け寄ってきた。よく見るとその女子中学生達はナツの通う福生第一中学校の制服を着たナツの同級生達だった。「ほらやっぱりナツだよ?」一人の少女がそう言って嬉しそううにナツに話し掛けてきた。「ねぇねぇナツってさ高校とかどうするの?」その言葉を聞いてみんなが興味深そうにナツを見る。「高校?忘れてた…もうそんな時期?マジで?そうか…真理子はどうするの?」ナツは穏やかに微笑んで逆に少女に聞き返した。「私?私は渋女行きたいんだー。渋谷女子。」「ふうんそうなんだ?涼子ちゃんは?」「私は福高かな?だって近いから通うの楽じゃん?」「そうだよな?家から近い方がいいよな?うんうん。」ナツは笑って頷く。「由加は?」「立女?私頭悪いから立川女子くらいしかいけなそう…。」少女はそう言って恥ずかしそうに笑っている。「ヤダー。私が聞いたのに。ずるいよナツ。どうせナツは頭良いからどこの高校だって好きなところいけるもんね?」少女達はそう言ってケタケタと元気に笑った。  「ねぇねぇナツなんでスーツなんか着てるの?」「もう一年以上学校来てないよね?いつも何してんの?」「学校来なよ!みんなナツに会いたがってるよ。」同級生の女の子達と駅前のケンタッキーフライドチキンで話し込んでいるといつの間にか5時を回っていた。ナツはケンタッキーを出て少女たちと別れた。手を振ってみんながいなくなったのを確認してからアルテッツァに乗込んだ。「高校か…。」と呟いてギアをローに入れアクセルを踏込んだ。
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 ナツは家に帰る前に基地に寄る事にした。ゲートで顔見知りの兵隊と少し話をしてエリックのハウスの前にアルテッツァを横付けした。車から降りてエリックの部屋のドアをノックする。しばらくするとエリックがドアを開けた。「よう、入れよ。」エリックはナツを招き入れにこやかに笑ってナツの顎に拳を押し当てた。「どうした?何かあったか?」エリックがナツの顔を覗き込んで心配そうに聞く。「別に…何もないよ。」ナツはそう言ってソファに腰を下ろす。「昨日幾ら抜けた?」エリックが煙草に火を点けながらナツを見る。「50位かな?」ナツが無表情で答えるとエリックは口笛を吹いて指を鳴らした。「やっぱり都内は金になるな。」ナツは少しうつむいて笑う。「末端価格も高いし相場知らない奴が多いからそういう意味ではチョロいよ。」ナツはそう言ってから無表情に戻ってエリックを見る。「なぁエリック。高校の時って楽しかったか?」「どうした?突然。」「別に…。ただちょっと聞いてみたいだけだ…。」ナツは無表情のままソファに横になって天井をじっと見つめている。「楽しかったなぁ。俺は車にはまってたな免許取立てでさ。それに女、酒、煙草、高校の時だな…色々覚えたのは。周りがそういう環境だったし。」「勉強以外は、だろ?ビバリーヒルズはそういう街だしな?」クスクス笑いながらナツは髪を掻き上げている。「でも今はもっと楽しいけどな。」エリックがナツの頭を撫でる。「行きたいのか?高校。」「わからないな。行った事ないし。」ナツは起上がってエリックの方を見て微笑む。「そろそろ行くわ。」そう言って立ち上がるとナツはエリックのハウスを出て行った。  ナツは一度家に帰ってシャワーだけ浴びて着替えてまたすぐに家を出た。駐車場についたナツは頭を左右に振って呆れて深い溜息を吐いた。アルテッツァの前でリエとユウカがしゃがみ込んで話し込んでいる。ナツが来た事に気づいてユウカが走り寄ってきてナツに抱きついた。「また来ちゃった。」そう言ってにっこり笑うユウカを無視してナツはリエの方を見る。「どうしたの?今日はリエまで一緒になって…。」「だって行こう行こうってユウカが…ねぇ?」リエが照れ笑いして申し訳なさそうに頭を掻いている。
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 「ねぇねぇねぇねぇ今日はどこ行くの?」後ろの席で楽しそうにはしゃいでいたユウカが突然聞いてきた。「立川…。」ナツは全く気のない返事で運転している。「ごめんねナツ…迷惑だよね?」助手席のリエが心配そうな顔でナツを見る。「気にするな。たまにならいいさ。」ナツはリエを見て爽やかに笑った。  立川の駅前を車で軽く流してからナツは駐車場に車を入れた。クラブから回り始めて5件目くらいのショット・バーにいたとき注文の電話が入った。ナツはリエとユウカに携帯電話の番号を教えて配達に出掛けた。駐車場に向かう間に立川の仕入先に電話する。「ナツです。どうも。裏ビデです。はい、はい、失礼します。」電話を切って駐車場から車を出して事務所に寄って商品を仕入れた。客にモノを渡して戻ってくる途中で携帯電話が鳴る。ナツは素早く着信番号を確認して電話に出る。「ユウカ!どうした?なんかあったのか?」最悪の状況が頭をよぎってナツは一瞬緊張して声を荒げた。「わっ!びっくりしたー。どうしたの?大きい声出して。」受話器の向うでユウカが驚いている。「何ともないのか?なんかあった時意外電話すんなっつったろ?」「うん、何ともない。ごめんなさい。ナツが今どこら辺なのか気になっちゃったから…。」ナツは緊張を解いてほっと息をつく。「もうすぐ高速降りるから。そしたら30分位で戻る。」「気をつけてね。じゃあ待ってるねナツ。」「あぁそっちも気をつけろよ。」ナツは携帯電話を助手席に投げて大きく息を吐いた。高速道路を降りて国道20号線を走り立川通りに入って後もう少しで着くという時にまた携帯電話の着信音が車内に響き渡った。着信番号はユウカの携帯電話の番号だった。「ナツっ?リエが、リエがね…なんか変な男達に無理矢理……」「今どこだ?ユウカ!」「うん‥ナツと別れたビルの前…ナツ!早く着て!!お願い……」ナツは左折して裏道に入りシフトダウンしてアクセルを踏み込んだ。  「やめてよ!放してって言ってんじゃない馬鹿!!」リエが3人の男達に無理矢理連れて行かれそうなのを必死で抵抗していた。「おら!おとなしくしろって!!」「そっち持てよ馬鹿野郎!!」リエと男達が揉み合っているビルの前の道路に真赤なアルテッツァが物凄いスキール音でタイヤを鳴らしながら停まった。恐ろしい勢いで中からナツが飛び出してきた。男の鼻にナツの拳がめり込む。不意をつかれて男は吹っ飛んだ。他の二人がやっとナツに気づいて一斉に殴り掛かってきた。ナツは鮮やかな身のこなしですっと身を躱して一人を足払いで倒しその隙にもう一人を殴り倒した。足払いで倒した男の髪の毛を掴んで立たせて殴り倒しては立たせ殴り倒しては起こし力一杯顔面を殴りつける。最初に殴り倒した男がよろけながら立ち上がろうとしている。ナツはそれを目敏く見つけて顎先をつま先で蹴り上げた。男は血を吐きながら倒れて動かなくなった。「おまえ等家どこだ?こら!」ナツは意識がある一人の男の胸倉を掴んで怒鳴りつける。そいつに命令して3人の財布を出させる。受け取った財布からカード類と運転免許証を抜取って道路に財布を投捨てる。「これで終わりじゃねぇぞ。連絡すんから楽しみにしてろよ?逃げられないからな。」取上げた免許証を確認しながらナツは周りに聞こえないように耳元で囁いてから思いきり殴り倒した。3人の男は血塗れになってブルブルと震えている。ナツはすっと立ち上がるとリエとユウカの方へと歩いて行く。「大丈夫か?リエ、ユウカ。」心配そうな顔で二人の顔を覗き込みナツは優しく微笑んだ。「間に合ってよかった。立てるか?車に乗るんだ。」ナツはしゃがみ込んでいたリエとユウカを立たせて野次馬の人ごみを掻き分け二人を車に乗せて走り去った。  リエとユウカを家まで送り届けてから一旦家に帰り返り血で血だらけのスーツを新しいスーツに着替えてナツはまた立川に向かって車を走らせた。いつも商品を仕入れている立川の組事務所の前に車を停めてナツが降りてくる。「失礼します。」ナツは軽く頭を下げ組事務所に入って行く。「よう!派手にやったな?ナッちゃん。」「ナツ、おまええらい強いらしいな?見てた奴に聞いたぜ?内の組に来いよ。」「女無事でよかったな?ナツ。」ナツは事務所にいる構成員達一人一人に挨拶をしてから事務所の一番奥にある組長の部屋のドアをノックする。返事を待って中へ入る。「ナツです。失礼します。」組長のすぐ前まで行ってからナツは深々と頭を下げた。「すいませんでした。よそ者が駅前であんな騒ぎを起こして。挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。」ナツはきびきびとそう言って組長に最敬礼する。「顔を上げな、ナッちゃん。気にする事はない。まだ若いんだからがんばりな。」「ありがとうございます。後お願いします。」ナツはそう言って顔を上げると机の上に取上げた免許証とカード類を置いてまた頭を下げた。「それじゃあ失礼します。」ナツは颯爽とした身のこなしで事務所を出て車に乗り込んだ。緊張感を解いて大きく息を吐き一息ついてからナツは福生へとアルテッツァを走らせた。
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 駐車場にアルテッツァを停めナツは携帯電話をポケットから取出しながら車から降りてくる。「エリックか?ナツだけど…」「聞いたよナツ、大丈夫か?」「俺はな…。今どこだ?」「びっくりドンキーだ。」「はっ?びくドン?…加美の?わかった。じゃあ後で。」電話をしながら歩いていたナツはもう街まで来ていて駐車場まで車を取りに行くのも面倒臭くてそのまま駅の方へ向かった。駅前で軟派目的で流しているローダウンされた車を一台止める。「ナツちゃんじゃねぇか。どうした?」何度かナツからハッパを買った事のある奴が車の窓から顔を出してナツに聞く。「悪い。ちょっと加美のびくドンまで乗っけてってよ。」ナツはそう言って車に乗り込んだ。「ありがとう。この借りはそのうち!」ナツはそう言って男に一万円札を握らせて車を降りてびっくりドンキーの店内に入っていく。  「元気な顔が見れて良かった。」エリックと固い握手を交わしてナツはテーブル席に座った。エリックは4人の制服姿の女子高生とハンバーグを食べていた。「ナツも食べれば?」エリックは女達を紹介した後そういってナツの顔を見た。「俺はいい。」ナツがどうでもよさそうに答えるとエリックはニヤリと笑う。「もうハンバーグは沢山か?」エリックが唇の端を歪めてナツを見る。ナツとエリックは日本語で女子高生たちと他愛もない話をしながら合間に英語で話をした。「すぐ立川から連絡があった…駅前に出来損ないのハンバーグが転がってるってな。今日ナツが立川に行くってのも聞いてたしな‥。」「俺だと思った?」「いやそのひき肉が3つだって聞いて安心したけどな。最初立川から電話が掛かってきた時は冷や汗もんだったぜ。」「いや3人だったんだよ…。リエとユウカを連れてたんだ。軽率だった。らしくないよな?俺としたことが…。」ナツが悔しそうにうつむく。「いいじゃないか別に。リエとユウカが一緒だった事は問題じゃない。実際ナツが自分の手で守ったんだしな。売春をやるときは女を連れて歩く事だってある。その為に特殊部隊から格闘技を習ってたんだろ?」「ふっ…。エリックには内緒にしてくれって頼んだのによ。まあ基地の中の事でエリックに内緒ってのは無理な話か…。全てお見通しって訳だ?敵わないな…。」ナツが穏やかに微笑んでエリックを見る。  しばらくの間女子高生達と話し込んでいると注文が入り出て行こうとするナツをエリックが引きとめた。「さっきなユウカから電話があったんだ。ナツから電話がくる前にな。『ナツは悪くない。私達が無理について行ったせいでナツに迷惑がかかった。』ってワーワー泣いてたよ。」エリックは入口のドアの横のにもたれ掛かりながらそう言って爽やかに笑う。ナツは黙ったままそんなエリックを無表情で見ている。「仕事はクールに女にはホットに。なっ?ナツ。配達気をつけて行けよ。」エリックがそういってナツの肩を叩く。「あぁ。じゃあ行ってくる。」ナツはエリックと握手をして店を出ると全速力で走り出した。この夜、その後これといったトラブルもなく順調に売上を伸ばした。この夜ナツはまたひとつ成長した。

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